🐌 里山つれづれ日記
第4回
ケハダビロウドマイマイ
🐌 里山つれづれ日記
第4回
ケハダビロウドマイマイ
① 遭遇
いつもの場所。
いつもの通過点。
いつもと同じ道順。いつもと同じ手順。
普段と変わらない、何気ないひととき。
何気ない歩み、何気ない視線。
気にも留めない、いつもの風景。
だけど何故か、このときは違った。
幾度となく通った道、苔むした石垣。
石垣の緑に浮かぶ十字の筋に、ふと目が留まった。
苔に埋もれるような小さな丸い粒。
焦げ茶色の何か。
露出した土ではない、明らかに丸い造形。
もしかしたら、カタツムリ?
近付いて見ると、やっぱりカタツムリだ。
しかも、色や模様、大きさが、よく見られるクチベニマイマイとは明らかに違う。
これはひょっとして、ひょっとすると・・・。
毛が生えていたら、体が黒かったら、あれだ。
ビロウドマイマイだったかな?そういう種類だ。
何にせよ、希少種以上だ。
何年か前に図鑑や資料で見た記憶が、目の前で湯気が立ち昇るようにサーッと甦った。
胸が高鳴る。
でも、生きているか分からない、貝殻だけかも知れない。
写真を撮るのも忘れて手を伸ばす。
小さい粒を指でつまんで、そうっと持ち上げる
石垣の隙間の苔の間に喰いこんで、なかなか剥がれない。
ズルッという感触とともに、ようやく引き剝がした。
良かった、生きてる!!
体は殆どが殻の中で、少し出ている足(腹足というそうです。)の部分は苔がへばり付いていて見えにくい。
だが、体はおそらく黒色だ。
そして、貝殻には毛がある。
ごくごく短い毛が貝殻全体を覆っている。
独特の斑点ならぬ、宝石のタイガーアイの様な模様が浮かんでいる(貝殻の模様ではなく、薄い貝殻から透けて見える身体の模様で、個体によって違うそうです。)。
間違いない、これは特筆すべき種だ。
今すぐ、これが何かは言えないが、しっかり確認すべき種だ。
直感的にそう思った。
貝から姿全体を現わした写真を撮って帰りたい。
そう思って、ツノ出せヤリ出せアタマ出せ~と静かにして待っていたが、待てど暮らせど
出て来ない。
かなり臆病なのか怠け者なのか。
まあ、警戒心が強いのは悪くない。
埒が明かず、シャーレにマイマイを移し、呼吸が出来るように蓋をずらして置き石をする。
そして、目立たない草むらの中に置いて離れた。
その間に、散策を進める。
戻って来る頃にはアタマを出しているという寸法だ。
約2時間後、戻って来たものの、マイマイの様子は大して変わらず、少しだけ殻から出て動いたのかなという具合。
だけども、先程より足の部分がよく見える。
明らかに黒い身体。
この写真だけで種の特定が出来るかどうか、次に見付けられるかどうかも分からない―。
これは、絶対に判別しないといけない、この機を逃す訳にはいかない、そう思った。
仕方なく、普段はしない個体採取をしてその場を後にした。
かなり臆病なのか怠け者なのか。
まあ、警戒心が強いのは悪くない。
埒が明かず、シャーレにマイマイを移し、呼吸が出来るように蓋をずらして置き石をする。
そして、目立たない草むらの中に置いて離れた。
その間に、散策を進める。
戻って来る頃にはアタマを出しているという寸法だ。
約2時間後、戻って来たものの、マイマイの様子は大して変わらず、少しだけ殻から出て動いたのかなという具合。
だけども、先程より足の部分がよく見える。
明らかに黒い身体。
この写真だけで種の特定が出来るかどうか、次に見付けられるかどうかも分からない―。
これは、絶対に判別しないといけない、この機を逃す訳にはいかない、そう思った。
仕方なく、普段はしない個体採取をしてその場を後にした。
② 判別
家に帰って、何が正解かも分らぬまま、飼育ケースに落ち葉や枝でベッドを作り、キュウリを切って入れてみる。
マイマイは殻に閉じこもったままだ。
図鑑や資料を引きずり出し、ネット上の研究文献などを見て特定をすすめる。
程なく、ケハダビロウドマイマイの名が挙がる。
これは、いやしかし、本当にケハダビロウドマイマイなのか?
確信が持てず、何度も見比べて文献を読んでみる。
近似種との比較写真等を見ても、どう見たって、ケハダビロウドでしかない。
大きさ、体色、貝殻の毛の密度、毛先の形、貝殻の微妙な形の違い・・・。
警戒心が強くて夜行性・・・なるほど、全くアタマを出さない。
専門家でもない、ただの素人ながら、確信と興奮に身体が熱くなる。
一方で、冷たい懐疑心が熱を奪っていく・・・そのせめぎあいが続く。
なぜなら、ケハダビロウドであれば、奈良県の『絶滅寸前種』だからだ。
絶滅危惧種よりも上の位置づけだ。
間違いなければ、重要な発見になる。
しかし、肩書きもない素人の見立てが正しくても、専門家や権威のお墨付きがなければ意味がない。
生き物に詳しい知人など、周囲の誰に聞いても、はっきりしたことは分からない。
色々と調べるうち、カタツムリに特化した博物館があることが分かり、持ち込んでみた。
館長に直に見てもらったところ『十中八九、ケハダビロウドに間違いない。』という答え。
更に間違いない判定が必要ならばと、著名な研究者の先生を紹介して頂いた。
その研究者とは、ネット上で何度もその研究文献を参考にさせて頂いた、カタツムリの第一人者その人であった。
待つこと数日。
博物館の館長を介して、先生からの回答を頂いた。
『ケハダビロウドマイマイで良い。間違いない。』
良かった。
やはり間違ってなかった。
分かってはいたが、このお墨付きが全てだ。
それが出るまで、安心できなかった。
ようやく肩の荷が下りた。
だけども、喜んではいられない。
すぐに暗澹たる気持ちになる。
彼らの未来、その生息地の未来はー。
目の前の飴玉ほどの生命を見つめ、深くため息をついた。
③ 道のり
それはそうと、今までどうして気付かなかったのだろう?
そこにずっと居たのに、いつも見逃していたのだろうか?
実は、ずっと探してはいた。
ケハダビロウドをという訳ではなく、陸生貝類を。
ただ、それに特化して、倒木や瓦礫、落ち葉などをガサゴソして探すということはしていない。
散策する道すがら、その道端や木々などを見て探してきただけ。
探し方が悪かったと言って良い。
だから、本当はもっと多くの陸生貝類などが生息しているのだろう。
きっと固有種も居るはずだ。
この発見に至る道のりは長い。
生駒市緑ヶ丘東、壱部北などの大開発を目の当たりにしてきた私は、いかにそれらの自然環境が、現代社会、そしてこれからの環境社会、都市環境において、唯一無二で貴重なものか、行政等に知らしめるべく、観察と記録を重ね、発信してきた。
そうした中で、陸生貝類の存在に気付いた。
彼らは羽ばたく翼も駆け回る足もなく、移動力に乏しい。
湿度の保たれた日陰等の環境に依存することから、分布を広げにくく、急激な環境の変化に対応することも出来ず、逃げることも出来ない。
時に孤立した閉鎖的、限定的な環境で生息し、独自に命をつなぎ、種を形成したものも多く、地域や環境に特化した固有種、亜種も多い。
生駒市は地形の変化起伏も多く、孤立卓越した環境も多い。
急激な都市化の中にあってこそ残存、点在し、永きに亘って改変なく隔離されたような環境も珍しくなく、それら陸貝は細々と種を存続させている可能性が高かった。
だからほんの少し勉強した。
彼らを見付けるために。
勉強と言っても図鑑などに目を通した程度だ。
その存在を顧みられず、認知もされず、誰にも知られぬまま、知ろうともされぬまま、ただ葬り去られる。
あまりにも可哀そうではないか。
そういう想いで、いつも彼らの存在を胸に留めていた。
しかし、緑ヶ丘でも壱部でも、満足な観察はできぬまま、全てが失われてしまった。
そして今、今度は高山が失われようとしている。
それも、市の主導でだ。
いつもの場所。
いつもの風景。
いつもどおりの行動。
普段と変わらない、何気ないすべて。
でも、今日は違うかも知れない。
見飽きた当たり前の日常の中に、大きな発見があるかも知れない。
守るべき何かがあるかも知れない。
考えを変える何かが、人生を変える何かが。
どうか立ち止まって見てほしい。
同じ景色も、同じ生命も、決してありはしないのだから。
(会員Y.K)